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硝子細工って飴みたいで美味しそうです!


by tahiri

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一枚絵で書いてみM@ster3

こちらの企画に参加。
詳しいことは上から。



上が絵になります。

以下SS








[Trailer]

 ――昨日と同じ今日。
   今日と同じ明日――。


 口付けるように、そっと紙コップの淵に唇を寄せた。
 安っぽい紙を甘く噛むと、わたしのリップが白に移り、きらきらと輝く。
 わたしはこれに何を期待しているんだろう。手をそれ以上傾けることなく、ただ甘い花の香りのするそれを、眺めた。その液体は白く濁り、その底をわたしに見せることはない。
 世界が、花の香りに包まれていく。
 じわり、とチープな紙から染み出した液体が、わたしの手を濡らした。


 ――世界は同じ時を刻み、変わらないように見えた。


 躊躇ったまま、隣の彼女を見る。
 彼女はわたしと同じ液体を持ち、ただ、わたしを試すかのように、わたしを見続けていた。
 彼女は、何も言わない。
 できれば、止めて欲しかった。
 あなたがそんなことをする必要なんてない、と。こんなものに頼る必要なんてないんだ、と。
 ――いや、止められたのだ。
 実際、事ここに至るまで、何度も彼女はわたしを止めた。諌めた。忠告した。
 だが、わたしはその全てを聞かなかった。
 選んだのは、わたしだ。
 ひらり、と春風とともに、桜の花びらが、それに舞い降りた。
 わたしは、それ以上隣の視線を受け止めたくなくて。
 花びらを鼻に感じながら、それを嚥下する。


 ――だが。世界はすでに、変貌していた。


 神酒。
 彼女は、それをそんな風に呼んでいた。
 人を、神へとする秘薬。ヒトを、ヒトならざるものにしてしまう魔薬。
 そして、それはその神話の通り、わたしの身体を作り変えていく。
 神経が膨張する音を聞いた。骨格が砕ける臭いを嗅いだ。筋肉が代謝する蠢きを感じた。
 それが、毎秒。須臾の速さで。
 きっと、わたしの声は獣のようだったろう。
 身体が、精神が、心が、獣へと、作り変わっていく。
 時間の概念が失われ、ただわたしがわたしならざるものへと変わっていく感覚だけが残る。
 ――ああ、だから、彼女は止めたのだろう。
 きっと、わたしのような意志のあり方だと、こうなってしまうのが分かっていたから。
 思い出は散り、心の地図は地殻変動を起こしてしまう。
 それは、艶かしい誘いだった。
 人の形を捨て、人との絆を断ち、孤独に、孤高に生きることができたら、どれだけいいだろう。
 胃の腑で燃えるようなその液体は、わたしをそれに誘う。
 身体はそれに同調している。心は、すでに折れていた。
 でも、それでも、わたしは。
 わたしは、あの場所を守るために、選んだんだ。

 ――目を開けると、粉雪のような桜花が舞う中、律子が微笑んでいた。
 少しだけ、寂しそうに。
「ようこそ、千早――」


 ダブルクロス。それは――、


「――裏切りものの、世界へ」


 ――裏切りを意味する言葉。


 アイドルマスター ダブルクロス3rd
           Alien


[Opening Phase]


 きっと、そこに在ったのは友情なのだろう。
 彼女が笑うとき、それをわたしは自覚する。


「痛っ――」
 点けっぱなしのテレビのニュースをBGMに、ぼんやりと書類を捲っていると、親指を切ってしまった。ぷくり、と血の球が浮かぶ。
 ため息を一つ。どうにも今日は身が入らない。やはり、オーディションで負けたのが、自分で思っている以上に堪えているのだろう。赤い球を見ながら、そんなことを思う。
 横を見ると、亜美真美とトランプゲームに興じている春香が、わたしに見られているのに気づき、笑いかけてきた。しかし、すぐに何かに気づいたように顔を伏せ、心配そうにわたしのほうへ向かってくる。――相変わらず、ころころ顔色の変わる娘だ。
「千早ちゃん、大丈夫?」
「あ――え、ええ。舐めれば直るわよ」そういい、親指を口にくわえる。微かに血の味がした。「そんなことより――ほら、真美があなたの手札を覗こうとしてるわよ?」
 そういうと、真美は慌てて伸ばしかけた手をひっこめ、そっぽを向いて下手な口笛を吹き始めた。
 春香はそんな真美のほうを、少し怒ったような、困ったような、笑っているような顔で見つめたが、すぐにわたしのほうへ向き直り「あ、そうだ。わたし、絆創膏持ってるんだ。少し待ってて」と、自分のバッグを漁り始めた。
「え、いいわよ、そんな」
「気にしない気にしない。ほら、アイドルの肌に傷があっちゃ困るでしょ」
 彼女は上機嫌に、少し不器用に、わたしの親指に絆創膏を巻いていく。
 ピンクの花柄。女の子らしかった。
 わたしには似合わない気がして、照れくさかった。
「……ありがとう」
「どういたしまして! それよりほら、千早ちゃんもトランプしようよ。ちょっと人数少ないなー、って――」
 彼女が元気付けるようにわたしに笑いかけてきたとき、狙ったかのように、BGMが意味のある言葉になる。

「――連続アイドル通り魔事件の、新しい被害者が出ました。今回で、犠牲者は三人目となり――」

 彼女の笑顔が、曇る。さっきまで遊んでいた双子が、トランプをテーブルに置いてしまった。
「ごめんね、春香。わたし、行く場所があるから」
「――また、律子さんのところ?」
「ええ。ちゃんと、皆元気だったって、伝えておくわね」
 ぎゅ、と春香がわたしの裾を掴む。
「なんだか……いやな予感がするよ。ねえ、千早ちゃん――大丈夫?」
 精一杯の努力をして、春香に笑いかける。
「大丈夫。少し――あってくるだけだから」
「そっか……」春香が、わたしの裾を離す。「気を、つけてね? 千早ちゃんまで、あんなことになったら、わたし――」
「大丈夫よ。ちょっと、行って来るだけだから。すぐに帰ってくるわ」
「うん……いってらっしゃい」
 春香の声を聞きながら、扉を閉めた。
 親指に巻かれた絆創膏を剥がす。
 血の球は、もう出ていなかった。


[Middle Phase]

 事務所を出ると、雨が降っていた。
 春の雨は土の匂いがする。
 身を刺さないような雨が嫌いだ。包まれている感じがする。
 煙る街を小走りに駆ける。
 雨が、わたしに当たり、通り過ぎていった。
 涙みたいで、気持ち悪かった。
 街の空白。誰も近寄らない場所。特にこんな雨の日には。
 小さな寺に併設された、共同墓地。
 秋月家乃墓。濡れた墓石。
 雨の中、わたしはそこにいた。
 一ヶ月前、律子は、死んだ。
 アイドル連続通り魔事件。
 その、最初の被害者。
 さあさあと、煙る雨を耳に聞く。酷い、死に様だったらしい。身体中の血を全て抜かれて。まるで、木乃伊のように死んでいたという。
 花の咲いていないヒナゲシを、墓前に置く。律子への言葉。
 彼女は、死んだのだ。
「律子――」
「早かったのね」
 振り向くと、そこに雨に打たれた亡霊がいた。
 一ヶ月前の晩、確かに律子は死んだ。
 ニュースにもなったし、葬式にも出た。しかし、彼女はここにいる。
「時間に正確なのはいいことだわ」律子が笑う。律子と変わらない顔で。律子のような顔で。「変わらないのね、あなたは」
「……変わっていないのは、わたしだけじゃないわ。皆、あの事務所にいる」
 律子がかぶりをふる。
「そ。――身体、冷えるわよ。いきましょう?」
「……ええ、そうね」
 雨を振り払うように踵を返すを追い、わたしも歩き出す。
 結局、あの日死んだ律子は蘇らなかったのだ。
 わたしの前に現れた彼女は別物だ。人じゃ――ない。
 煙る街の中、鼠色のコート追って、わたしは一人、歩いていた。


 レネゲイドウィルス。
 それは、そんな風に呼ばれているという。
 裏切り者のウィルスなんて、そんな物騒な名前を与えられたそれは、今まで人類を悩ませていた病原菌とは、まったくの別物だった。いや、より正確に言うのならば、全てのウィルスを包括している、と言える。
 あるいはそれは、身体に作用する。ある種の病気が皮膚の一部を変容させるように。
 あるいはそれは、精神に作用する。ある種の病気が人から理性を剥ぎ取るかの如く。
 あるいはそれは、社会に作用する。ある種の病気が罹患者を人から遠ざけるように。
 そして何よりそれは、人を化け物にしてしまう。
 その病気は、宿主の傷を治してしまう。首を切られても、身体中潰されても死ぬことのできない化け物にしてしまう。人の理性を取り払い、彼らが思うがままに、何も気にせず、人との絆を忘れて動いてしまうように働きかけてくる。罹患者は、それに耐え続けなくてはいけない。
 そして、それは。
 人に超常の力をもたらす。


「犯人が、わかったわ」
 どこか冷えたような、薄暗い喫茶店の中。水のようなブルーマウンテンを飲みながら、律子は嫣然と微笑む。わたしの知っている顔で、わたしの知らない表情をする。
「わたしと――春香を殺した犯人がね」
 その言葉に、ぎり、と唇を噛む。
 最初に殺されたのは、律子だった。次に殺されたのは――春香、だった。世間では、死んだことにはならなかった。病院で、目が覚めたのだから。通り魔事件にあうも、生還したアイドル。それが、今の春香だ。
 そして、わたしは。病院で、彼女が目覚めたのを喜んで。彼女が退院したら、Aランクへアップしたお祝いも一緒だね、と約束して。その帰り道。どこか浮かれた気分で歩いていたわたしの前に、彼女が現れた。似合いもしなかったはずの鼠色のコートを翻して、どこか冷たい笑いを口元に浮かべながら。「春香は、死んだわ」と、それをわたしに伝えにきたのだった。
 あの時と同じように、温度を感じさせない彼女の笑顔を睨みつけながら「誰なの」と口に出す。
 律子は、ただ微笑みながら、写真を一枚机の上においた。「佐藤裕子。十五歳。職業、アイドル」ここまで聞けば、わかるでしょう? と挑むようにわたしを見る。迎え撃つように答える。「嫉妬?」半分正解、と律子は言う。後の半分は、と聞き返すと、知る必要がない、と返される。彼女を討つのは、同情からであってはいけない。ただ、復讐でなければ。終わらせなければいけないという、それだけの使命でなくては。
「場所は?」写真を受け取りながら、立ち上がる。カップを傾けながら、彼女が答える。「あなたの始まりの場所に。誘い出したわ」
「気障な言い方ね。律子はそんなこと言わない」
「どうかしらね。あなたの知っているわたしは、本当にわたしの全てだった?」
「……わたしの中のあなたは、律子じゃないわ」
 やはり律子は気障に笑うと、まあ、好きになさい。とコーヒーを飲む。好きにするわ、とわたしは店を出て行った。


 わたしは、選んだ。
 彼女が死んだという事実を受け入れて、わたしも人から外れることを選んだ。ただ、覚悟が足りなかった。ウィルスに飲まれ、人から外れることを選んだのに。人であることを。人との絆を。求めてしまった。
 何もかもが中途半端。
 結局、何にもなれなかった。律子はそれでいいと笑うが、わたしは、どこを目指すべきなのか。それすらわかっていない。闘争の中では息苦しさを感じ、人との営みの中では罪悪感を覚える。
 彼女を。彼女のいる場所を守るために、人から外れると決めたのに。
 一度決めたことにたいして、文句ばかり。
 わたしは、こんなにも子供だったのだろうか。叫ぶこともできず、ただ薄闇の中、自分のいく道さえもわからない。
 花の香りがする。
 桜はすでに散り、しかし、若葉が顔を出していた。いろいろな生物の匂い。
 冷たく重い服の、匂いを嗅ぐ。水の匂いがした。獣の匂いはしない。全ての循環から、途絶えてしまったかのような断絶感。
 きっと、わたしは裏切り者なのだろう。
 律子がわたしに言い放ったように。
 花の匂い。
 散り行く桜の中、ひとつだけ堂々と桜を咲かせている大木。
 その下に、彼女がいた。


[Climax Phase]

 少しだけぼやけたような顔をした、女の子だった。
 どこかに秀でているような特徴はない。ただ、その眼光だけが、わたしを鋭く睨んできていた。
「わたしは――」彼女が、口を開く。「あなたたちが、憎かった」
 そんな話は、聞きたくない。
 聞く必要も、感じない。
 レネゲイドウィルスが活性化していく。シナプスの狭間に、超電圧。自らの全身が総毛立つ。目の前の敵が、ゆっくりと口を開くのが見える。舞い散る桜が止まる。世界の全てを知覚できるかのような全能感。左足を、振り上げる。
 どん、と衝撃。音。
 あまりにスローモーな世界においてもなお早く、わたしは彼女に近づいていく。
 音を超える感触がした。
 左頬が切れる感触。わたしのスピードに世界が追いつかない。本来柔らかな花弁が、わたしを傷つける。
 この世界じゃ、電気信号による身体への命令は間に合わないと脳が判断。筋肉が勝手に動く。律子との訓練。その成果。筋肉全てが脳の役割をする。統一生命体。人にあらざる証。
 猿神の如く。
 右腕が、彼女の胴を穿つ。
 腑をねじ切る感触を感じ、すぐに離れる。
 超越者は。ウィルスの罹患者は、これくらいで死ぬことなんてできない。
 わたしを睨みながら、ぼとぼとと血を流す彼女。数瞬で、血が止まる。化け物。その所業。
 ニィ、と笑って腕を振る彼女。
 ぐにゃり、と彼女の腕がゆがむ。
 その中から幾本もの爪。わたしに向かい、子供が編んだ格子模様のような軌跡。
 その数、5000。
 全てを避けるのは不可能。
 ならば――。
 眼の前の敵が息を飲む。
 わたしの身体が穴だらけになる。
 律子は――お前のせいで死んだ。
 二度と、わたしは、わたしの中の彼女を見ることはできないだろう。
 桜の下の近い。
 何を犠牲にしてでも、彼女を守るという誓い。
 叫ぶ。
 音速を超えた世界で。
 音よりもなお早く伝えようと。
 音なんかよりもずっと早く、叫ぶ。
 自らの身体を引きちぎり、前に進む。
 壊れた端から、直っていく。
 敵の顔に恐怖の顔。
 半端もの。
 自らが人間でないと忘れた、化け物になれないもの。
 目がくらむ。
 ウィルスに罹患したものを殺す方法は、ひとつだけだ。
 相手に、それ以上生きていたくないと思わせなくてはならない。
 相手以上の、力で。
 自らの唇が歪む。
 わたしは、ゆっくりと、彼女に手を伸ばした。
 彼女はわたしを拒絶するかのように、ゆっくりと首を振り、なきそうな顔で、わたしの右腕が、彼女の胴体に埋まっていくさまを見ていた。
 止まっていた桜花が、また降り注ぎ始めた。


[Back Track]

 律子に報告をするため、雨の街を歩きながら考える。
 いつか、わたしもああなるのだろうか。
 誰かへの嫉妬へ溺れ、自分が自分であることも忘れ、後ろも前もわからずに人を傷つけてしまう。
 何のために戦っているのか、忘れてしまう日がくるのだろうか。
 この力を使っていれば、いつか必ず飲み込まれてしまう日がくると、律子は言っていた。
 今なら、わかる。ウィルスが精神を飲み込んでいくのを。
 わたしの中の欲望が、ウィルスを迎合しているのを。
 でも、それでも。
 わたしは、彼女のいる場所を守ると決めた。
 あまりにも細い糸だけれど。
 それでもまだ、そのおかげで人であることができる。
 ふと思いついて、薬局によっていくことに決めた。


[Ending Phase]

 事務所の扉を開くと、そこにはまたトランプをしている三人がいた。
「あ、千早ちゃん。おかえり!」
 満面の笑みを浮かべる春香に、ただいま、と手をあげる。さっきまで戦闘をしていたとは、信じられないような手だった。
 春香がわたしの親指に巻かれたピンク色の絆創膏を見て、頬を緩める。これがあると、わたしが無事だとでも思っていたのだろうか。
「そうだ、千早ちゃんもトランプやろうよ! 今大富豪でわたし連敗中だから、新しい風がほしかったんだ!」
「ええ、そうね――」
 春香に手を握られながら、事務所を歩いていく。
 手のうちに感じる絆創膏に罪悪感を覚えながら。
 自分で買って、巻きなおしただけの、偽者の絆。
 仮面を被って、それでもいいと開き直る化け物。
 それでも一時だけでもいいから、わたしはただ。
 ずっと一緒にいてほしかった。彼女と、二人で。
 何処かで、誰かが泣いている気がした。
 わたしはもう、桜の下へ戻ることはできない。


終わり
by tahiri | 2010-04-04 23:27